大阪高等裁判所 平成2年(う)1104号 判決 1991年3月27日
被告人 三好義彦(昭39.9.30生)
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役6月に処する。
原審における未決勾留日数中15日を右刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人○○作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。
論旨は、原判決の法令の解釈適用の誤及び量刑不当を主張するので、所論にかんがみ記録を調査して検討するに、以下のとおり、原判決には包括して一罪と評価すべき行為を二罪と判断して法令を適用した誤が認められ、右誤は量刑に具体的影響を及ぼす可能性を有する性質のものと解されるから、判決に影響を及ぼすことは明らかであり、量刑不当の点について判断するまでもなく破棄を免れない。
すなわち、児童福祉法34条1項6号の児童に淫行させる罪は、児童の健全な育成を保護法益とするものであるから、同一児童に同一犯意のもとに引き続き複数回淫行させたとしてもその全部を包括して一罪と評価すべきであると解するのが相当である。
これを本件についてみるに、原判決書および本件記録によれば、所論指摘のとおり、被告人が満18歳未満の原判示児童をして、平成2年8月23日(原判示第一の事実)及び同月28日(同第二の事実)の2回にわたり客を紹介して売淫させたとの事実につき、原裁判所は刑法45条前段の併合罪に該当するとして法定の加重をしていること及び右犯行態様は、暴力団組員であった被告人が原判示第一の事実の共犯者Dから前記児童を売淫の相手として紹介されたが、自らはその相手とならず所属暴力団の幹部2名の歓心を買うために相次いで同児を紹介したというものであって、近接した日時に、同様の動機のもとに行った一連の犯行と評価し得るものであること、売淫させた場所が異なる点や前記共犯者の存在は格別犯意に影響を及ぼすほどの事情とは認められないことの各事実が明らかである。
そうすると原判示第一と同第二の犯行は包括して一罪と評価すべきであるのにこれを二罪とし、併合罪としての加重をした点において、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈適用の誤があるといわざるを得ない。本論旨は理由がある。
よって刑事訴訟法397条1項、380条により原判決を破棄し、同法400条但書によりさらに判決することとし、原判決の認定した事実に法令を適用するに、原判示第一及び第二の所為は包括して児童福祉法60条1項、34条1項6号(第一の事実につき刑法60条をも適用する。)に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、被告人には原判示累犯前科があるので刑法56条1項、57条により再犯の加重をした刑期の範囲内で処断するところ、原判示の諸般の情状、ことに組幹部の歓心を買うために原判示児童が高校生であることを承知しながら紹介して売淫させたという動機自体は悪質であるが、他方前記Dが被告人に対し右児童の客となるよう強くすすめたことが本件犯行のきっかけとなっているうえ、右児童も小遣銭欲しさのためか抵抗感に乏しかった側面がうかがえ、被告人が強要した形跡は無いことの各事実を考慮して被告人を懲役6月に処し、刑法21条を適用して原審における未決勾留日数中15日を右刑に算入することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 村上保之助 裁判官 安原浩 片岡博)
控訴趣意書
第1法令の適用の誤原判決には、明らかに判決に影響を及ぼす法令の適用の誤りがあるので、その破棄を求める。
原判決は、判示第一の所為と判示第二の所為とを共に児童福祉法第34条1項6号に該当するものと認定して両者を併合罪として処断したが、両者は勾括一罪である。
児童福祉法第34条1項6号は、児童の健全な育成を保護法益とするものである。従って、同一の児童に対するものは淫行回数が多数回にのぼっても、日時が近接し、同一犯意の発現と認められる限り、一個の法益しか侵害していないのであるから、それら全部を包括的に評価して一罪と考えなければならない。(同旨、名古屋高裁昭和54年11月14日判決、家裁月報32巻6号90頁、疎明資料参照。大阪高判昭和28年3月11日高刑集6卷2号252頁。その他)
本件はA子をして、8月23日(判示第一の所為)と同月28日(判示第二の所為)の2回にわたり売淫させたものであるから、これらは同一被害者に向けられた同一犯意の発現であるので、判示第一と第二の事実は包括して評価され、一罪である。これを併合罪とした原判決は法令の適用を誤っており、その誤りは判決に影響を及ぼすことは明らかである。
よって、原判決は破棄を免れない
第2量刑不当
一 はじめに
原判決は、懲役刑を選択して、被告人を懲役8月に処したが、これは次に述べるように、違法性及び責任の評価を誤ったものであり、本件同種事案(以下「別件」という)に対する名古屋高等裁判所昭和54年11月14日判決(家裁月報32巻6号90頁)に比較して、刑が重過ぎるので、その破棄を求める。
二 児童の相手方の特性について
原判決は、被告人に有利な事情を考慮に入れても、自己の所属する暴力組織の長や幹部に対し、二度にわたり児童を淫行相手としたこと、前科、前歴のあることなどを根拠として、罰金刑で処断しうる程軽微な事案でない旨判示しているので、まずこの点について考察する。
児童の相手方が、暴力団関係者の場合には、一般人が相手となる場合に比較して、児童に恐怖、嫌悪感を抱かせることになるから、児童に悪影響を与える度合は大きいものと考えられるので、一般的には犯情は芳ばしいものとは言えない。しかし本件に於ては、相手方となったBとは夕食を伴にした顔見知りの仲であり、同人に対して嫌悪感とか恐情を感じたわけではない。むしろBはA子の自由意思を尊重し、同人の言うままに行動(腔外射精)しており、通常一般人以上に児童の性的自由を尊重していた(検察官請求番号7、A子の供述調書20丁)。Cの場合も同様で、A子はCが同じ島根県の出身者であったことから話が合い、親しみを感じ、CもDに内緒にしておくように言って、売春料2万円でよいのに4万円も支払った(同書8~9丁)。いずれの場合も通常一般人よりも、児童に対するいたわりの心を示していたのであって、A子にとっては一般客以上に良い客であった。
原判決は、この点を看過して、B・Cが暴力団員であることだけから抽象的に好ましからざる相手とみなしたもので、その根拠はなく、B・Cが暴力団員であるが故に、A子に対して、特別悪影響を与えた事実はなく、本件が通常の場合よりも犯情が悪いとは言えない。
三 前科について
1 被告人には多くの前科・前歴があり、特に本件犯行は前刑出所後、約1年後に犯されたものである点で非難されるべきである。しかし、前科・前歴が加重事由となっているのは、刑執行後も性懲りもなく、また罪を犯したからである。従って、今回の犯行について、違法性の意識がない場合には、加重をすることはできない。
被告人はDの言葉通り、A子が金儲けのために自発的に売春行為をしているものと信じていた。相手が高校生ではあっても、自分の意思で売春行為をしている限り、通常の売春行為と同じで、客として勧誘された自分が他の客を紹介するのは何らの罪になるとは思っていなかったので軽い気持でDの誘いにのっただけで、未成年者の売春行為が成年者のそれよりも重罰に処せられるとは夢にも思っていなかった。被告人は本件で逮捕されて初めて自己の行為が禁止されていると知ったものであって、違法性の意識はなかった。
以上のように、被告人には罪の意識がなかったのであるから、前科・前歴を理由に刑を加重することは許されない。
2 被告人の前科・前歴はいずれも少年時代に犯したものである。成人後の前科は傷害の罰金50,000円の刑だけである。前科・前歴の原因の一端は、被告人の幼少年時代の劣悪な家庭環境にあり、すべての責任を被告人に帰せしめることはできない。
被告人には2歳年上の兄Y・Hがいる(戸籍謄本)。同人は3、4歳頃からしばしば発作を起こし、手のかかる子供であったために、母はY・Hにかかりっきりになり、被告人は人格形成に最も重要な2~5歳の幼年期に、兄Y・Hが発作を起こすたびに、近所の叔父の家に1~2週間程預けられ、母の愛情も知らずに生育した。小学校入学してからも兄Y・Hが知能遅れで養護学級に配属されたことから、母はY・Hの世話だけで精一杯で、被告人はほとんど顧みられることはなく、放ったからしにされていた。兄Y・Hが養護学級に入っていることから、被告人の友人からも軽蔑され、親しい友人もできなかった。
このようなことから、被告人は兄Y・Hに対する家族の偏愛に対して、反発を感じ、親の関心を獲得しようとして反抗的態度に出たが、両親特に母は兄Y・Hの療養看護に忙殺されたために、どうすることもできず、被告人は増々反抗的態度を取るようになっていった。
被告人は高校だけは卒業しなければ社会的に落後者になると思い、中学卒業後○○学院に入学し、家族から離れて寮生活に入り、好きなサッカ一部に入部して、一時立ち直りかけた。しかし、兄Y・Hはこの当時養護施設に入っており、○○学院の学資及び寮費の支払いで家計は苦しかった。そこへもってきて、被告人の母が兄Y・Hの看護疲れから、リウマチにかかり、入・退院を繰り返すことになったために、家計は一層困窮を極め、ついには被告人の寮費・学資を支払うことができなくなったので、同校を中退し、その後暴走族に入り、非行に走ることになった。(以上は当審被告人質問で立証する)
以上のように被告人の前科・前歴の原因の一端は不遇な家庭環境にある。そのうえ、前科・前歴はいずれも判断能力や自制心の十分発達していない少年時代の犯罪である(前科調書)。従って、これらの前科・前歴があることを根拠にて、被告人の刑事責任を加重することはできない。原判決は前科・前歴の原因及び時期を十分考慮することなく、被告人に重い刑事責任を問うものであり、妥当ではない。
四 犯行態様
さて、本件は被告人が共犯者DからA子の相手となるように頼まれたが、自分は相手方とはならず、自分の代わりに、自分の上司に相当するB・Cの関心を買うために、違法性の意識をもたず、極く軽い気持で両名をA子に引合わせたものであって、主観的にも客観的にも違法性の程度は低く、被告人を実刑に処するような事案ではない。以下詳論する。
1 被告人は平成2年7月頃共犯者Dから、
「○○の高校生で金が要るので、売春している女がいるが相手にならないか」と誘われ、E子をそれとなく紹介されたが、気に入らなかったので断った。
Dは同年8月中頃再度被告人に対し、
「この前の女とは別の女がおりますね。同じ高校で前よりはちょっとましやけど会ってみないか」
と連絡してきたことから、Dが高校生売春の手配をしていることを知った。
Dは被告人に対し、その相手方となるよう誘ってきたもので、被告人も自分が相手になるつもりでいたが、丁度被告人の所属する○○会舎弟頭Cが隠岐の島から来阪していたので、日頃世話になっているCに高校生を紹介しようと思い、Dに連絡して、A子をCに引き合わした。
Bの場合にはDがA子との連絡が取れなかったので、被告人が直接A子に連絡した点で、Cの場合と異なるだけで、両者全く同じ構造を有するもので、その実体を異にするものではない。原判決はBの場合を単独犯だとして、重いものと見なしているが、いずれも被告人はDの手伝いをしただけである。
2 A子が本件売春行為をなしたのは、被告人の依頼によるものではなく、DのA子に対する事実上の支配力によるもので、被告人の力によるものではない。被告人は単に客サイドからDに協力したものであって、事実上は幇助犯に過ぎない。DはA子が高校生であることを知りながら、同人と遊びで肉体関係を結び、8月2日頃にはA子に対して、
「客も別の女を欲しがっている」
などと売春するように誘ったが、A子は拒否した。その後DはA子、E子を誘い、西宮市内ホテル○○でマリフアナパーテイを開くなどして、好奇心の強い年代の子供達に対し、悪い遊びを教えていき、8月21日にはA子に対して売春することを強要した。同人はこれまでのDとの関係から拒否することができなくなり、小遣銭欲しさから、売春することに同意し、CやB等と売春したものである(平成2年9月4日A子の司法警察職員に対する供述調書、9月27日付検面調書1~2丁)。
DはE子、A子に売春させて、各1回につき1万円の分配金をもらう約束の下に、E子に3~4人位、A子にC・Bと売春させたものである。従って、D、E子、A子などが売買組織を作っていたのである。被告人は対価をもらっていないことから明らかなように、彼等の一員ではない。
A子をして淫行行為をさせたのはあくまでもDであり、被告人はDから声を掛けられていたので、自分が客として遊ぶ代わりに、B・CをA子に引合わせただけであって、A子の非行の直接、最大の原因はDである。被告人はA子とは一面識もなく、何らの影響力ももっていない。Bの場合、A子は被告人から電話連絡を受けた時、
「おっさんは私を三好さんか誰かに売春の相手方にさせる様約束をしていて待ち合わす場所について、三好さんが連絡してきたのだと判ったのです。」と供述しているように、被告人を客だと思っていた位であり、同人から頼まれた又は命令されたなどとは考えていなかったのであるから(A子の平成2年9月5日付司法警察員に対する供述調書26丁裏)、A子は被告人の電話でその気にさせられたわけではなく、Dの影響力によるものであり、被告人のA子に対する影響力はほとんどないものと言わなければならない。
被告人はA子をC・Bに引合わせているが、これは両名が自分の所属する組の上役であったために、いろいろ世話を焼いたに過ぎないのである。このことから、被告人がDを除外して、Dと別個、独自の行動を取ったわけではない。Bの場合、A子に直接連絡を取っているが、これもDと連絡が取れなかったからに外ならず、後でDに連絡していることから明らかなように、Dが本件の主犯であり、被告人はあくまでもDの行為を代行したものに過ぎず、実質的にはDを幇助したものに過ぎない。
Dの供述調書では被告人が客の紹介を引受けたと供述する部分があるが、被告人は友達の頼みであるので、社交儀礼的に「わかった」と了解しただけであって、本当に紹介するつもりではなかったのである。もしそのつもりであるなら、若い組員もいるので、もっと早い時期に組員を紹介するなり、或は、DがE子を組事務所に連れてきた時に、他の組員を紹介するなりしている筈である。がそのようなことはしていない。又本当にDのために紹介行為をするつもりなら、Dと紹介手数料の約束をしている筈であるが、そのような約束などないのである。Dから客の斡旋依頼を受けていたわけではない。
従って、Dの供述から、被告人が客の紹介を引受けたと認定することはできない。
五 被害者の過失
A子が非行を行った直接的原因はDにある。しかしA子は16歳の高校生で、生徒会の副会長までし、売春行為の何たるかを充分知っており、児童とはいえ、実質的には18歳以上の成人と異ならない知識、経験を有しているものである。それがDがやくざまがいの人間であることを知りながら、交際し、肉体関係まで結び、友人E子に売春行為をさせ、自らも小遣銭欲しさに売春行為を行ったのである。
六 再犯の可能性
被告人は本件犯行後、反省し、自ら警察に出頭して事実をありのまま供述して、捜査に協力し、改悛の情著しいものがある。被告人は現在では、真面目に働き、従前までの生活態度を改めており、勤務先の○○も被告人の指導・監督を誓っている。更に本件犯行の動機から明らかなように、本件は一時的、偶発的なものであるばかりか、被告人はB・C以外の第三者を継続して紹介する意思はもとより、違法性の意識もなかったのであるから、罰金に処しても、再犯の可能性は存しない。
又、A子の相手方となったC・Bはいずれも懲役刑が規定されているにも拘らず、罰金刑となっている。被告人はA子に対して直接淫行行為をしたわけではなく、又Bらよりも地位が低いのであるから、両名に比較して、刑事責任は軽い。従って、被告人を自由刑に処するのは刑の権衡を害するものであり、妥当ではない。
七 結論
以上のように、被告人の本件関与形態、犯行態様、違法性の程度、再犯の可能性などの諸点を考慮すると、本件は罰金刑が相当である。
現に本件と同種事案である別件では第一審の家庭裁判所では、懲役10月であったが、控訴審では罰金刑が選択されている(名古屋高等裁判所昭和54年11月14日判決、家裁月報32巻6号90頁)。原判決は重過ぎると言わなければならない。本件は前科及び暴力団関係者である点で別件と異なっている。しかし、前科の点では本件は前述したように、少年の時のものであること及び家庭環境にも一因があったこと、違法性の意識のなかったことなど考えると、質的に異なる懲役刑を選択する程別件と犯情を異にするものではない。暴力団の組員である点については、被告人は現在反省し、真面目に仕事に従事しており、本件において、経済的利益を得ていない点などから鑑みて、児童を食いものにするような傾向は見られないことなどから考えると、暴力団員とあるからと言って、本件では、一般人よりも特に重くすべき事由はない。従って、本件と別件とで処罰を異にすべき理由はない。
以上の理由から明らかなように、原判決の量刑は重きに失し、不当であり、到底破棄を免れないものと信ずるので、更に適正な裁判を求めるために、本件控訴に及んだ次第である。以上